ボストンの歩き方

2016年MIT入学の学部二年の日記帳

行動経済学とsunk cost

僕たちってどうやって自分の行動を決めているのでしょうか。だいたいは、その状況下で最適な行動を選択していんでしょう。実際、古典経済学においては消費者の最適行動が前提になっており、例えば、物の価格が需要供給曲線の交点で求まる、といったように消費者の行動が期待値をもっとも大きくするように働くことが自明とされています。

これに対して最近特に熱いのが行動経済学です。消費者の行動は必ずしも合理的ではないという考えを取り入れた学問で、最近でいえば昨年ノーベル経済学賞を受賞したRichard H. Thalerなどが知られています。まあ、自分の行動を振り返ってみると結構意味わからんことをしていることが多いですよね。

 

その中の一つがsunk costと呼ばれる概念です。これは過去に払ってもう取り返すことができないコストのことで、これからとるべき行動を数学的に決定する場合、このようなコストは関係がないはずです。例えば、めちゃくちゃお腹がすいているとします。しかしどのレストランも満杯なので近くにあるレストランで空きが出るのを待つことに。一時間後、あと10分ほどで中に入れそうといったときに、友達が、別のレストランに空席ができ始めていると教えてくれたとします。このとき一番合理的な行動はそのレストランに直行することでしょう。ここで待っているより早く食べ物にありつけるのですから。しかし、同時に1時間も待ったのだからこのまま待っていようという意地も芽生えることでしょう。このように、過去に払った、本来損得勘定には入るべきでないコストのことをsunk costといいます。そして多くの場合、このsunk costが実際は行動に関わってくることがままあるわけです。合理的ではないけど、人間的な部分が介入している、といったことでしょうか。

 

しかい最近になってこの現象が他の動物でも見られるということが分かってきています。そして先週、このsunk costに関する重要な論文がscienceに載りました。この論文ではマウス、ラット、ヒトの3種においてtemporal sunk cost(どれくらいの時間のコストをすでに支払ったか)が行動に与える影響について調べています。この実験方法が結構面白いんです。マウスとラットにおいては、個体を「レストラン街」にいれます。そこには数個のブースがあります。個体はまずどの食べ物のブースにいこうかと考えながらうろつきます。そして決めるとその待合室に入ります。待ち時間はランダムに決められ、その待ち時間が終わると食べ物が渡されるという仕組みです。このとき、個体は待ち時間が終わるのを待つか、しびれを切らして別のブースに行くという選択肢があります。同様に人間においては動画を見るときのロード時間をランダムに決め、被験者がロードを待つか別の動画を見るかを調べます。

この実験をしたとき、すでに長く待っているほど、それ以降待つ確率が高まるという結果が出ています。また、面白いことに待合室に入るまでのうろうろ時間(ヒトでいえばどの動画にど決めるか迷っている時間)とどれくらい待つのかに相関がみられないことも分かりました。まとめるならば、ある行動を決めたからの待ち時間がsunk costとしてそれ以降の行動を決定するという機構がある程度種を超えて保存されているということになります。

これがなぜ進化的に保存されているかに関しては有力な説として3つほどあるようです。i) past-effort heuristics. これは未来を予測して期待値を計算するということは不確定要素が強くて難しいため、これまでのコストをもとに損得計算を行うというものです。ii) state-dependent valuation learning (SDVL) これは労力を費やすほど、個体のエネルギーが落ち、相対的にエサの価値が上がるというものです。iii) within-trial contrast (WTC)は個体の現在の状態と目標状態の乖離が行動を決めるというものです。

 

このどれが正しいというレベルにはまだ理解が届いていないように思いますが、社会科学と生物学の理解が合わさりつつあるのはとてもおもろいと思います。

 

Sweis, Brian M., et al. "Sensitivity to “sunk costs” in mice, rats, and humans." Science 361.6398 (2018): 178-181.

 

ではでは、