ボストンの歩き方

2016年MIT入学の学部二年の日記帳

Stefan HellとSTED顕微鏡

今日、僕がインターンしているMax Planck Florida Institute for Neuroscience (MPFI)にStefan Hell がやってきました。

Stefan Hellは現在のルーマニア生まれのドイツ人の物理学者。超高分解能顕微鏡(super resolution microscopy)の一種であるSTED(STimulated Emission Depletion)顕微鏡の開発によって2014年にノーベル化学賞を授与されています。この受賞当時高校生だった僕は、超高分解能っていう名前が厨二っぽくってかっこいいなあ、くらいの感想しか持ってなかったです。でもこれって結構すごい発明なんです。Stefan Hell自身、成功した科学者特有の自信に満ちた様子で、自分の研究が生物学の世界のゲームチェンジャーだと何度も言っていました。実際そうだと思います。

今回はSTED顕微鏡とは何なのか前提知識なしで分かるよう説明していきたいと思います。(最初らへんは基礎的な話なので高校の物理・生物の基本がわかってたら読み飛ばしてください)

 

1. 分解能とは

分解能とはずばり、見える小ささの限界です。より厳密に定義するならば、二点を二点として認識できる最小の距離ということになります。例えば人の目の分解能は0.1mmほどと言われていますので、二点が0.1mm以上離れていれば二点として認識できるものの、それより近いと一点のように見えてしまうということです。これは0.1mmより小さいものが見えないということではありません。例えば0.1㎜より小さい植物の緑の細胞が白い紙の上にチョンっと乗っていたらそれを認識することはできるでしょう。ただ、僕たちの目はそれを緑色の点と認識するだけで、それがどのような構造をしていて何が入ってるかなどの詳細は見えないということです。

この分解能を下げてくれるのが顕微鏡です。より小さいものを見えるようにしてくれることでミクロな世界で本当は何が起きているのかを検証できるようになるのです。生物学という学問の特性上、どれだけ小さなものを見えるかが、どれだけのことが分かるかに直結します。

 

2. 顕微鏡の種類

顕微鏡の種類は大きく分けて2種類があります(Ed Boydenらが開発した Expansion Microscopyは除いてます)。まず一つ目が光学顕微鏡です。理科室とかによくある顕微鏡で、研究をしてない限り顕微鏡といえばこのタイプしか目にしないのがほとんどでしょう。光学顕微鏡はレンズをうまく作って対象を拡大して見せてくれ、生きている生き物をそのまま観察するのに最適です(もちろん死んで固定された細胞なども見れます)。従来の光学顕微鏡の分解能は200nmといったところでしょう。これではウィルスやさらには分子などは見れないことになります。

この分解能よりさらに高い分解能を持っているのが電子顕微鏡です。これは、固定し重金属で染色した試料による電子の散乱をみるというもので、光を使って見る光学顕微鏡とは原理的に異なります。この分解能は0.1nmほどでとても性能がいいのです。

ただここで問題が生じます。電子顕微鏡は分解能が低いのはいいのですが、試料を固定(生きた状態を保って殺すこと)しなければならないので、生きたものは見れないのです。結局、生きたものを見たい場合は光学顕微鏡に頼らなければならず、分子の細かいふるまいは見えないことになります。

 

3. 分解能の限界

先ほど光学顕微鏡の分解能が200nmほど、と言いました。この数値は技術発展に伴い改良されるものではありません。理論限界なのです。これは光が波であることに由来します。細かい物理の議論ははしょりイメージで話しますと、光はいわば水面に石を投げたときの波紋のようなものです。もちろん光を発しているおおもと(例でいえば石が水面にあたる点)が一番明るいのですが、そこからぼわぼわっと光がにじみます。ここで例えば二つの石を水に投げ込んだとします。もし二つの石がとても近接していた場合、生じる波形は一つの石を投げたのと区別がつかないですよね。これと同様に、光が波である以上、ある距離より近い二点から発せられる光はまじりあい(干渉)、よくわからなくなってしまうのです。

この分解能の理論限界はレイリーの定義(Rayleigh resolution)を用いるならば r = 0.61×λ/NAとなり、(λは光の波長、NAはnumerical aperture,開口数)、可視光の波長の下限が400nmほどであるため、rはおよそ200nmとなります。これは100年以上前から分かっていた関係式で、このため200nm以下の分解能はあきらめられていました。

 

4. 超高分解能の出現

生物学において顕微鏡を使うとき、多くの場合蛍光顕微鏡を使います。これは光学顕微鏡の一種ですが、レーザー光を試料に当てることで特定のを蛍光分子だけが少しレーザー光より波長の長い光を返し(Stoke shift)、それを観察するというものです。たとえば細胞内はいっぱいの物が入ってうじゃうじゃしていますが、見たいものだけに蛍光分子をくっつけておけばそれだけが光を返すので分子標識としての役割を果たします。

レーザーといえど光なので、先ほどの分解能の限界があります。つまり光を一点に集めようとしても実際はある半径をもった円になってしまいます。この半径は分解能と比例関係にあるので(ここ大事)、分解能の下限がるということはこの円はある程度までしか小さくなりません。

しかし、ここで蛍光特有の特別な性質が明らかになったわけです。蛍光分子はある特定の色(波長)の光にのみ反応(励起)し、光を返します。この特定の波長の光をexcitation light(励起光)というのですが、これとは逆に励起光による反応を阻害する波長の光(de-excitation light)があることが発見されたのです。これをもとにStefan Hellは下図のような顕微鏡を作りました。

試料にexcitation light(分解能限界のため、一点ではなくぼわっとした円のようになります)を当てると同時にドーナツ状のde-excitation lightをその上から当てるのです。こうするとドーナツの真ん中の空洞の部分だけが反応でき(STEDと書かれている小さな◦)、それ以外の部分はexcitation lightとde-excitation lightが相殺して光を発さなくなります。この結果、可視光を二つ組み合わせることで理論限界より小さな円が作れます。前述したとおり円の半径と分解能は対応しているので、これはつまり理論限界より小さい分解能が達成されたことになります。シンプルなアイディアですが、これによって顕微鏡の世界はガラッと変わり、今まで理論的にみるのがあきらめられていた物が見えるようになったのです。

 (進んだ注: de-excitationとは励起状態を強制的に基底状態に落とすのではなく、そもそも励起状態にしないということです。このため退色(photobleaching)は起こりません。)

Image result for sted microscope

https://www.picoquant.com/applications/category/life-science/stedより

 

5. 他の超高分解能顕微鏡

上記の原理により作られた超高分解能顕微鏡はSTEDと呼ばれます。これとは別に、ノーベル賞をStefan Hellと同時受賞したEric BetzigとWilliam Moernerが開発したPALM、STORMは似た原理をもとに一分子測定をする顕微鏡で、興味がある人は調べてみてください。最近ではSTEDとPALMの長所を組み合わせて分子のトラッキングを行うMINFLUXという技術もStefanのラボで開発されているので下に論文を貼っておきます。

 

6. 最後に

Stefan Hellはとても面白く話しやすい人だったのですが、話の中で一番心に残ったのはその人生の話しでした。生まれた当時社会主義によって抑圧されていたHellは祖国を抜け出しドイツに移り高校・大学に通います。しかし大学院の物理の研究が思ったほど面白くなかったHellはうつになりかけます。このままだとやばいと思った彼は教授が持っていた顕微鏡の会社で何かできないかと考えたそうです。そこで分解能の問題に興味をもち、それまでの研究は面白くなかったのだからこれからは誰もが無理だと言っても自分には面白いと思える問題に取り組んでみようと考えたそうです。こうして今、超高分解能の研究の世界のトップになった彼の姿勢から学ぶことは多かったです。

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STEDの原理をまとめたReview Paper

Vicidomini, Giuseppe, Paolo Bianchini, and Alberto Diaspro. "STED super-resolved microscopy." Nature methods (2018).  

MINFLUXについて

Balzarotti, Francisco, et al. "Nanometer resolution imaging and tracking of fluorescent molecules with minimal photon fluxes." Science (2016): aak9913.

 

ではでは、